昨日午後3時ごろから終局まで、千駄ヶ谷の将棋会館の地下の一室から試験的にプロ棋士による棋聖戦第一局の大盤を使った詳細な検討と解説が動画共有サイトの Ustream で生中継された。視聴者は最大で2500人程度まであった。7大タイトル戦の大盤解説が Ustream で生中継されたのは初めての出来事ではなかろうか(Ustream による将棋対局や大盤解説の生中継自体はは LPSA でたびたび行われてきた歴史がある)。Twitter と2ちゃんねるを拾い読みするかぎりでは、大盤で使われる二字駒が Ustream の画質では見にくく、一字駒を使用して欲しいという意見と、画質自体についてのコメント、スパム対策を希望するコメント以外は、ほぼ絶賛といっていいほどの視聴者の反応であった。
筆者は東京に住んでいるため、リアルの大盤解説会にも足を運んだことがあるが、昨日の Ustream での解説はそれよりも格段に面白かった気がした。それはなぜなのかを改めて考えてみると、以下の点が思い浮かんだ。
- 解説の棋士の人数の多さ
- 直近に途中まで同じ将棋を指した棋士がたまたま解説陣に居たこと
- 詰む詰まないの変化をを丁寧に大盤で数多く検証したこと
- 双方向性
- 視聴者と解説者がともに等しくウェブ中継画面に情報を依拠していたという共通点
それぞれ、少し詳しく書いてみる。
1. 解説の棋士の人数の多さ
通常、リアルの大盤解説会は、解説するプロ棋士が一名だけか、もしくは、解説のプロ棋士1名に、聞き手の女流棋士1名が会場に出向いて行われる(将棋会館で行われる大盤解説会は、地の利をいかして担当以外のプロ棋士の飛び入りが起きる事も多い)。解説する棋士は、局面に没頭できるわけでなく、来場者の反応を見ながらしゃべりつつということになるので、その局面を奥深く検討する時間が取れないのは否めない面がある。しかし、昨日の Ustream の生中継は以下のような態勢で行われていた。
Ust中継会場では、企画者の西尾五段
をメインに、ネット解説の飯塚裕紀七段、飯島栄治六段、佐藤和俊五段、そして出演中の西尾五段の代わりにPCを管理している野月で中継しています。 ( live at )
プロ棋士が総勢5名携わっていたわけだ。従って、2名が大盤の左右に立って、カメラに向かって盤駒を動かしながらしゃべっているときも、PCの管理担当以外の2名のプロ棋士が局面を検討するという役割分担が可能だったことになる。この5名態勢という人数の厚みが、解説の内容の質を高めるのに貢献したのは間違いないと思う。
2.直近に途中まで同じ将棋を指した棋士がたまたま解説陣に居たこと
これは、Web 中継のチャット、コメントや公式ブログで触れられているのだが、たまたま解説の飯塚七段が本局のほんの一週間前に同じ将棋を指していたという指摘を読んでいたので、興趣がさらに盛り上がった。
「角換わりですね。同形になるならば、つい先日6月1日の棋王戦対中田宏樹八段戦で私も指したばかりです。その対局は残念ながら負けでした。同形復活の兆しがあるのでしょうか。後手は△7三桂のところで△3三銀の選択はあります。有名なところでは前期A級順位戦の丸山ー郷田戦がこの形です。」(飯塚祐紀七段) - 36手目コメント
「おお!深浦さん受けてたちましたね。両者の合意があって出現する局面です。まさに相思相愛といったところでしょう。対中田八段戦は私の先手番でした。私の間違いを羽生さん深浦さんが訂正してくれると思います (笑)。そういえば、その対局の感想戦を対局終了後(王位戦対戸辺六段戦)の羽生さんが見ていらしたことを思い出しました」(飯塚祐紀七段) - 37手目コメント
3.詰む詰まないの変化をを丁寧に大盤で数多く検証したこと
昨日の生放送の録画を再生してもらえばわかるが、膨大な量の終盤の詰む詰まないまでを検討手順が大盤上で丁寧に示されている。TV解説などでは、秒読みに入っているたて時間がなく、「この局面は一目詰みます」などといって、手順が示されないで市庁舎が取り残されることがまま起りがちである。昨日の場合はタイトル戦であり、まだ、双方時間を残して終盤戦となったので、ひとつひとつの変化手順を詰む詰まないまで盤上に再現する余裕があり、実際、丁寧にそこまでを示してくれたので、視聴者にとっては非常にわかりやすかった。
4.双方向性
昨日の中継画面では、画面の左側に中継映像画面、右側に視聴者からの書き込みが流れていく画面を同時にみることができ、視聴者からの質問や意見を随時受け付け、それに盤上や Twitter で答えるなどが行われ、視聴者と解説者の一体感が高まったのが面白さを増幅した。映像の右側に視聴者の書き込みが流れる部分が配置されたのがミソで、これがなければ絶賛の嵐にはならなかったと思われる。実際、検討で後手優勢かという流れになりかかったとき、「そこで4九歩は?」という書き込みがあり、それによって変化手順の結論が覆るという一幕もあった。双方向性が確保されている環境ならではの出来事だった。以下は、双方向性のやりとりがされていたことを示すために、西尾五段の Twitter Account での返答(生中継中は、映像の右側に流れながら表示された)をいくつか抜粋する。
西尾五段が時折画面から消えるのは、こ
の中継をチェックしているからです。指し手の疑問や、この手はどうだ?など、どんどん書き込んで下さい。中継でお答えします。 ( live at )
駒が見づらい件に関しましては、今後の課題とさせていただきます。 ( live at )
人形は、新年会をしたときに野月家から
強奪した、スターバックス1号店(シアトル)のクマですw ( live at )
5.
視聴者と解説者がともに等しくウェブ中継画面に情報を依拠していたという共通点 通常リアルの大盤解説会では、来場者と解説者の関係は、解説者がまず対局の指し手の最新情報を知り、それを来場者に披露するという情報の受け手と送り手の関係が強いような気がする。ところが昨日の場合は、解説者も視聴者もともにウェブ中継画面を指し手の情報源としているところに共通性があり、指し手の更新を知るところでの情報格差は存在しなかった。手が更新されると、互いに解説者と視聴者が等しく新しい局面を前にして用意ドンで読み比べをするような感覚があったのは筆者だけであろうか。その点がリアルの大盤解説会とは大いに趣を異にしたような気がした。
以上、昨日の生中継を筆者なりに振り返ってみた。この方式の生中継は今後十分にブレイクしていくのを予感させる出だしであったように思われる。将棋の海外伝播という観点からみても、Ustream ならば全世界から中継をみることができる点が素晴らしい。現実に昨日もポーランドの棋友や、海外からと思われる方がもう一名、英語で生中継画面の右側に英語で書き込みをしていた。日本語がわからなくても、詰む詰まないの検討は盤上の手順を見れば、だいたいの見当はつくので、今後も同じような試みがどんどんされていくことを期待したい。
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