週刊将棋6月3日号の、「第19回世界コンピュータ将棋選手権で何が起こったのか?」の伊藤毅志氏の分析解説記事が面白かった。特に筆者の目を引いたのは、文殊の部分。
「合議アルゴリズム」という全く新しい並列化の並列化の手法を搭載したプログラムである。
ここでいう「合議」とは、複数の違う嗜好ルーティンのプログラムに局面を与え、それぞれが出した候補手の中から最適の手を選ぶことと定義する。研究では、まずは5五将棋という狭い将棋盤のプログラムを使って、単に単純多数決を取ってみる手法でその効果を調べてみた。すると予想以上に効果があることがわかり、この考え方を普通の将棋に応用して実験を行ってみることにした。その結果、合議をしないときに比べて、合議をしたときのほうが6割弱の勝率をあげることがわかってきた。
この記事を読んで筆者がすぐに思いついたのは未来予測手法のひとつであるデルファイ法である。デルファイ法とは何か。
専門家グループなどが持つ直観的意見や経験的判断を反復型アンケートを使って、組織的に集約・洗練する意見収束技法。技術革新や社会変動などに関する未来予測を行う定性調査によく用いられる。
デルファイ法ではまず、予測したいテーマについて詳しい専門家や有識者を選んで意見を求める。得られた回答は統計的に集約して意見を取りまとめ、 これを添えて同じ質問を各専門家に対して行い、意見の再検討を求める。この質問とフィードバック、意見の再考という過程を数回、繰り返すとグループの意見 が一定の範囲に収束してくる。この意見集約によって、確度の高い予測を得ようというわけである。
一般に、専門家同士の意見の集約・合意を得る方法として、会議や審議会、パネルディスカッションといった意見交換法が用いられるが、これらの方法 は「グループにおける優位者や権威者、声の大きな者の影響」「テーマと無関係な意見、反対のための反対」「意見の統一に対する圧力」などによる偏りが考え られる。
デルファイ法は「匿名の回答」「反復とコントロールされたフィードバック」「統計的なグループ回答」という特徴を持ち、師弟関係や友人関係といったテーマと関係のない影響力を極力排除するよう配慮される。
つまり、現在の文殊の合議システムは、「次の一手は何が最善か」という予測したいテーマを設定し、アマチュアのトップレベルの実力に達している専門性をもった将棋プログラムによる複数の意見(候補手)を、「単純多数決」という偏りのない機械的な方法でひとつに決定するというシステムになっており、アマチュアのトップレベルと同等の専門家(将棋プログラム)の意見を、偏りのない方法でひとつに絞り込んでいる点が非常に上記のデルファイ法と似通っている。
もし、単純多数決ではなく、「得られた回答は統計的に集約して意見を取りまとめ、 これを添えて同じ質問を各専門家に対して行い、意見の再検討を求める。この質問とフィードバック、意見の再考という過程を数回、繰り返すとグループの意見 が一定の範囲に収束してくる」という部分をプログラム的に機械的に実現することができれば、これは単なるコンピュータ将棋という狭い世界の話ではなく、デルファイ法は様々な分野で使われている手法なので、「よりよい未来予測、よりよい意思決定のための高速道路」として、多方面から注目される研究ということになるのではないだろうか。上記にリンクした、デルファイ法の説明にはさらにこうある。
デルファイ法は1950年代に米国のシンクタンクであるランド・コーポレーションで開発されたものである。もともとは、米空軍が専門家の意見を応 用して「ソ連の戦略立案者の立場から、米国産業を目標にしたときに必要になる原子爆弾の数の推定する」研究である“Project Delphi”をランドに依頼したことに始まる。デルファイとは、神託で有名なアポロン神殿のあった古代ギリシャの地名である。
この課題に取り組んだノーマン・C・ダルキー(Norman Crolee Dalkey)とオラフ・ヘルマー(Olaf Helmer)は1953年ごろに「コントロールされたフィードバックによる相互作用」の概念を導入してデルファイ法の基礎を確立したが、1950年代に は軍事機密扱いだったため、外部に知られることはなかった。
1960年代になって、ヘルマーはセオドア・J・ゴードン(Theodore Jay Gordon)らとともにデルファイ法を使って人口や技術などに関する未来予測を行い、その結果を「Report on a Long-Range Forecasting Study」(1964年)として発表した。これがきっかけとなり、航空宇宙産業や防衛産業、電子産業が技術予測(実用化の時期の予測)などに採用するよ うになった。
1970年代以降になるとさらに広まり、企業の経営計画やマーケティングにおけるリサーチ手法として使われるほか、公共政策や社会問題、医療、教 育などに関する調査に利用されている。日本の文部科学省が1971年以来実施している科学技術予測調査は、世界で最も大規模なデルファイ調査である。IT の世界では、システム開発プロジェクトにおける工数やコストの見積もり、リスクの洗い出しなどに使われることがある。
文殊の合議システムについては、以下のページで詳しく説明がされている。
合議システムと文殊(伊藤毅志、小幡拓弥、塙雅織)
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